運送業では、延着や早出の発生、配送前後の荷物の積み下ろしや洗車などの整備対応などにより、労働時間が不明確になりやすい業界です。そのため、残業代の未払いがしばしばトラブルの元となります。
個人事業主への下請けが多いと「個人事業主は残業代が不要」との誤解からトラブルになることも。今回は運送業経営者の立場から残業代未払いの問題とトラブル回避のポイントを紹介していきます。
残業代の定義を再確認
残業代の未払い問題を防ぐには、まず残業代について正しく理解することが大切です。不足なく支払うこと、さらに法律で定められている残業の上限時間を超過しないように配慮しなければなりません。
二つの残業時間
残業には二つの定義があります。
- 所定労働時間を超えた労働
- 法定労働時間を超えた労働
「所定時間外労働」は、会社が定めた労働時間を超える部分の労働時間のことです。例えば「午前9時に始業、午後5時に終業」と定めていれば、それ以外の時間帯に働いた部分が残業にあたります。
「法定時間外労働」とは、労働基準法が定める時間を超える労働のことです。具体的には同法のもとでは1日8時間(休憩を除く)、1週間40時間と労働時間が決められているため、これを超過する部分が残業となります。
法定労働時間を越えて働かせる、すなわち後者の残業を労働者に行わせる場合には、労働基準法36条の規定に従って労働基準監督署に届出をする必要があります。これがいわゆる「36協定」というものです。
法定労働時間を超える残業には残業代支給が必須に
二つの残業のうち「法定時間外労働」に対しては通称「残業代」と呼ばれる割増賃金を支払わなければなりません。
割増賃金は通常は、1時間あたり25%の割増率で支払います。ただし、法定時間外労働が月60時間を越えた場合は、超えた部分の時間について50%の割増賃金を支払う必要があります。
労働時間には上限がある
運送業のドライバーが含まれる運転業務の従事者は、一般に適用される法定外労働時間の上限が適用されず、2023年5月時点では法令上の上限はありません。ただし、2024年4月1日より以下のルールが適用される予定です。
- 原則は月45時間、年360時間まで
- 年間合計960時間
ドライバーは業務の特性上、労働時間が不規則になりがちなため、一般的なルールよりやや条件が緩和されています。
なお厚生労働省の「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準)」において拘束時間・運転時間の基準が公表されています。2024年4月以前においても、以下の基準を守らなければ、行政指導などを受けるリスクがあるため、法令化されていなくても遵守する必要があります。
- 拘束時間は原則として1日13時間、月293時間以内(法定労働時間を含む
- 延長は1日16時間が上限
- 15時間を超えられる日は1週間に2日以内
- 1ヵ月の拘束時間は年間3,516時間を超えない範囲内であれば320時間まで延長可
- ①委託先の指示を受けた作業で、総労働時間があらかじめ決められている
- ②出社・退社時間について委託先の指示がある
- ③委託先の指示を断ることができない
なお、残業の上限に関する規則は適用外でも、残業代は支払う必要があります。
残業代未払いが発生するとどうなる?
残業代未払いは、まず労基署から是正勧告指導などの通知が行われます。
改善がない場合は示談や訴訟問題となりますが、その場合は遅延損害金などにより支払額が大きくなることも。さらに、未払い残業代請求の拡大や、レピュテーション悪化といった影響も発生するなど、企業に大きなダメージを与えるリスクがあります。
最初は労基署からの通達
多くの場合、労働者が残業代の未払いを問題視すると、まず労働基準監督署(通称労基署)に相談します。
労基署が未払いを認めた場合、最初は是正勧告などの通達が来ることに。もし勧告を受けた場合には、直ちに実態を調査し、未払いが事実であれば速やかに労働者と交渉の上、未払金を支払いましょう。
労使間の考えが異なり、支払いを拒む場合には、次の示談や訴訟といった事態に発展し、マイナスの影響が格段に大きくなるリスクも。勧告に従わないという判断は慎重に行いましょう。
示談や訴訟問題にエスカレート
労基署の勧告に従わず、さらに労働者が納得しない場合は、司法が間に入って解決を試みることとなります。まずは示談の方向で労働者と交渉し、決着がつかなければ裁判になる可能性があります。
裁判となった場合は手続きが年単位で長引く場合もあるなど、労使双方において負担が大きくなるので、可能な限り迅速な解決を試みることが大切です。
遅延損害金や付加金の支払いが発生することも
未払いの残業代は、遅延した日数に応じて、遅延損害金を加算しなければなりません。年率14.6%を遅延日数で日割りした金額を残業代に加算することになります。
さらに、裁判まで発展したのちに残業代の支払いを命じられた場合には、付加金の支払いを命じられる場合も。この場合は遅延損害金に加えてさらに付加金が加わる計算になるため、残業代支払いが大幅に膨らむリスクとなるのです。
残業代未払い請求が続出するリスク
残業代未払いについて、一度支払いに応じると、似たケースの労働者が同様に請求を始めて、残業代の支払いが大幅に拡大するリスクがあります。
そもそも企業に非がある問題なので、未払いの事実があれば、支払わざるを得ません。
レピュテーションの悪化につながる恐れも
現代ではSNSやメディア、転職・就活サイトなどを通じて悪い評判が広まりやすい世の中です。残業代の未払いが訴訟問題などで大事になると、企業のレピュテーションが大きく毀損する恐れがあります。
新たな人材獲得に支障が出るのみならず、取引自体に影響が出るリスクも。このような事態を防ぐために、普段から残業代未払いを防ぐ努力を徹底することが大切です。
運送業で残業代未払いが問題となりがちな原因
トラックの運転手を中心に、オフィスワーカーと比べて不規則な労働時間となりがちな運送業では、残業代未払いがしばしば発生し、労働者とのトラブルのもとになります。
ずさんな労務管理、長時間労働や労働時間の認識相違、離職率の高さなどが、運送業において残業代未払いのトラブルが発生しやすい原因です。
労務管理が甘くなるリスク
運転手はほとんどの時間を企業のオフィスや倉庫などの外で仕事をします。そのため、具体的に何時間労働に費やしたか把握するのがオフィスワーカーと比べて難しい側面があります。
また、ドライバーの残業時間の上限のルールが一般企業と比べて緩いため、そもそも労務管理を厳格に行なっていない可能性も。これらの事情により、そもそも残業時間を正確にトラックできていないため、残業代の過少支払いが発生するケースは少なくありません。
長時間労働となりがち
長距離ドライバーの場合、深夜帯の移動や長時間の運転時間などにより、不規則かつ長時間労働になりがちです。残業の上限自体は一般企業よりゆるくても、残業代は当然過不足なく支払わなければなりません。
ドライバーの立場からすれば、厳しい労働環境の対価として、当然残業代の適切な支払いを求めます。一方で、経営者としては人件費の一部となる残業代の支払いは、できれば増やしたくありません。
このような事情を背景に残業代未払いの問題が表面化しやすいのです。
残業時間の認識相違
ドライバーは荷物の積み下ろしや、別の場所からの車両や荷物到着の待機などにより、運転時間外に実質的に拘束されるケースが少なくありません。
運転時間外の部分を労働時間に加える、加えないといった判断が原因でトラブルになるケースも少なくありません。
例え運転していなくても、荷物の積み下ろしなど具体的な作業があり、それが会社の指示にもとづく、もしくは運送サービスを実行する上で必須のものである、となれば当然労働時間や残業時間に含まれます。
さらには、待機時間についても、会社の指示がある、もしくは自由に行動できない、車両から離れられないなどの要件を満たせば労働時間に加味しなければなりません。こうした待機時間の認識相違がトラブルの元となる場合もあります。
固定残業制の誤解
労働時間が読めない運送業では固定残業制(もしくはみなし残業制)を採用している企業も多くみられます。これは、あらかじめ決められた時間分まで、残業の有無に関わらず固定で残業代を支払うものです。
固定ではらう部分の残業時間を超過した場合、超えた分の割り増し残業代は支払わなければならないのですが、これが未払いとなってトラブルとなる場合が少なくありません。
また、基本給と残業時間が不可分な状態になっていたため、残業代が「無効」と判断され、元々支払っていた賃金全体を「基本給」とみなして残業代の追加支給を求められるリスクもあります。
個人事業主は残業代不要という誤解
個人事業主などに委託している場合に「委託先には残業代は不要」と誤解しているケースも少なくありません。
例え委託・受託の関係でも、次のいずれかが当てはまれば、当初契約より時間を超過した分は残業代を支払わなければなりません。
運送業では出発・到着時間が決まっているケースが多いため、②に当てはまる契約は相応に多いと想定されます。その場合は当初想定より拘束時間が長くなれば、残業代を支払わなければなりません。
残業代未払いのトラブルを回避するためのポイント
残業代の未払いは労働基準法の違反です。問題が発覚すれば労働者への賠償などの対応に迫られるほか、悪評が立って長期にわたって事業経営に影響が出る場合も。そこでここからは、残業代未払いを予防するためのポイントをみていきましょう。
残業時間の定義と支給ルールの明確化
残業ルールを明確にすることがトラブル回避の第一歩です。労働時間を法定通り8時間とするのか、独自の時間帯や労働時間を設定するのか、残業代の割増率をどのように設定するのか、などは労務規則で明確にしておきましょう。
特に固定残業制を取り入れる場合は、固定となる残業時間と基本給・残業時間の区分けを明確にしておくとよいでしょう。超過した残業時間分の残業時間の支払い要件や割増率なども明確化しておいてください。
いうまでもなく以上のルールは、労働基準法に準拠した形にしておくことが大前提です。その上で、確立したルールは労働者と共有し、認識相違が起こらないようにしてください。
運転時間以外の業務内容の整理
トラブルのもとになりやすいのは、運転時間以外の労働時間への参入可否です。
あらかじめ運転以外にどのような作業を労働として加味していて、勤務時間に参入されるのかクリアにしておきましょう。また、事故や長時間待機など不測の事態における対応方法についても整理しておいてください。
どこまでを労働時間、残業時間に含めるのか定義した上で、労働時間に含めない時間帯は労働者を解放できるように徹底することが大切です。定めたルールを正確に運用して、公私を明確にするよう、ドライバーや各営業所の監督者などを指導してください。
勤怠管理を正確に行うシステムの導入
運転時間はタコメーターなどで把握できますが、運転時間以外の部分の時間を把握するシステムが確立されていないというのもしばしば課題となります。
従来型のタイムカードでは、特定のオフィスや営業所に立ち寄って打刻しなければ集計できない場合も多く、移動の多いドライバーの管理には不向きと言えるでしょう。
PCやスマホを通じて、Web上でどこからでも勤怠報告や打刻ができるツールを導入して、ドライバーに入力を徹底させることで、勤怠管理の正確性が向上します。
同時に、ドライバーと監督者双方に、残業時間を過少申告する・させることのないよう指導することも大切です。
長時間労働の抑制
心身に負担のかかる長時間残業の多い職場の方が残業代は問題になりやすいと言えます。残業時間の上限が緩い運送業といえど、残業時間を減らす努力は、トラブル予防の土台となります。
物流や設備、人的リソースなどの中央管理による効率的な運用や勤務体系、質の高い物流施設の導入による荷物の積み下ろしの効率化・自動化、システム導入よる付帯的な事務作業の最小化などの業務効率化の推進が、残業関連のトラブル予防にも有効に働くでしょう。
残業代未払いを予防して快適な職場環境の整備を
運送業は離職率が高く、また長時間残業や不規則な勤務体系が課題となりがちな業種です。産業の特性を背景に、ドライバーの残業規制は一般よりも緩和されたものとなっていますが、それでも残業代は過不足なく支給しなければなりません。
残業に関するルールの整備と労使間での合意、そして正確な勤怠管理を可能とするシステム整備を通じて、残業代未払いをはじめとした残業関連のトラブルを予防してください。また、業務効率化を通じた残業時間の削減も同時に進めましょう。残業代のトラブル回避に加えて、労働者の心身の健康を守る上でも重要です。